源平合戦史跡めぐり~駒立岩

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川六から車で20分。ことでんの志度線にゆられても20分。

 

高松市の東、牟礼町には源平合戦の史跡がたくさん残っています。

 

大河ドラマの平清盛にあやかり、今年いっぱいかけてご紹介いたします。

 

ということで、まずは 『駒立岩(こまだていわ)』

 

b 駒立岩.JPG

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

与一鏑をとってつがひ、よっぴいてひょうどはなつ。

小兵といふじょう十二束三伏、弓は強し、浦ひびく程長鳴りして、

あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりおいて、ひぃふっとぞ射きったる。

鏑は海へ入りければ、扇は空へぞあがりける。

しばしは虚空にひらめきけるが、

春風に一もみ二もみもまれて、海へさっとぞ散ったりける。

夕日のかがやいたるに、みな紅の扇の日いだしたるが、

白波のうへにただよひ、うきぬ沈みぬゆられければ、

興には、平家ふなばたをたたいて感じたり。

陸には、源氏箙をたたいてどよえきけり。

                           平家物語 那須与一より

 

 

平家物語でも有名な場面のひとつ 那須与一が扇の的を射るシーン。

 

上の写真の岩はかつては海の中でした。

 

今でも満潮時は石は水中に沈んでしまいます。

 

この岩に馬の足をかけて、与一は沖で波にゆられる小舟の扇の的を射ったのですね。

 

平氏軍の「どうだだれかこれを射れるものなら射ってみろ」という要求に、

 

弓の名手、那須与一が選ばれたのです。

 

b 駒立岩扇の的.JPG
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扇の的までは約70メートル。

 

当時の方向に絵で的が描かれています。

 

両サイドの石垣は最近新しくなったのですが、全部庵治石で造られているそうです。

 

実際にそこに立ってみると、かなりの距離があります。

 

もちろん私は弓など放ったことはありませんが、

 

与一は大変な偉業をなしたのは言うまでもありませんね。

 

b 駒立岩説明.JPG
    

                   

 

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このページは、フロント ミィが2012年2月11日 23:05に書いたブログ記事です。

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