いただきさんってご存知ですか。ホテル川六エルステージ

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「いただきさん」と聞いて、何を想像されますか。

実は、瀬戸内海の海の幸が豊富な香川県高松市の独特のお仕事なのです!!

 

 

 香川県高松市では、漁業を営む主人の取ってきた魚を街で売りさばくのが女房の役であり、このような形の行商を「いただきさん」と呼んでいます。

 昭和の時代までは50人ほどいましたが現在では20人ほどが行商を行っています。

平成10年頃までは登録制がありましたが、現在はいただきさんの減少に伴い登録制が無くなっています。

 

 

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仕入れは魚市場(香川県魚市場)仲買さんから買い、自転車のサイドカー型の箱に詰め高松市内数カ所で商いを行います。一カ所2~3時間で場所を移動しながら毎日売り歩き、街では重宝な魚屋さんとして人々に支持された存在となってます。
 

「いただきさん」は高松の街では、単に行商の魚屋としてのみならず、気軽に街の人やお年寄りに声をかけ、良き話し相手となっています。今晩の献立の話や、最近の健康状態、なにげない日常的な話など、街の主婦やお年寄り達の相談役や話し相手となり、人々もこの行商が来るのを楽しみしています。歴史もあり街の風情を物語る「いただきさん」に、近年この地域の行政も観光資源として注目し始めています。

 

 

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「いただきさん」の由来

 「いただきさん」の言葉の由来はその行商スタイルにあります。

かつて頭上運搬による行商の魚を入れる桶を『魚ハンポ』といい、平たい浅底でその桶の蓋は竹網作りで二重になっています。このハンポという桶を頭に載せて行商する際、頭上には直径12センチぐらいの藁の輪に布を巻いたものを載せてハンポの台にしました。これをこの地方ではイタダキと呼んでいます。似たスタイルでは愛媛県松前町の「オタタさん」などと同様、この頭上運搬は第2次世界大戦前後まで続きました 。その後、頭上運搬から、手押し箱車、さらに自転車の横に箱車を付けて行商を行うスタイルに変わってきました。これは昭和30年頃、街の自転車店がサイドカー式を考案したもので、乳母車型に代わり愛用され現在もこのスタイルが続いてます。
 

また「いただきさん」の歴史的由来は、高松に伝わる「糸より姫」という伝説があり、平安時代に平家から流れ着いた貴人が生活の糧を得るために、この地の"糸より浜"で水揚げされる魚を平桶に入れ、売り歩いたのが起源と言われています 。呼び声は昔のままの「おさかなご用」と、得意先の家角に立ち「おさかなイランノナ・・・」と声をかけるそうです。

 

高松にぜひいただきさんに会いにきませんか。

 

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このページは、さっとんが2010年4月22日 15:03に書いたブログ記事です。

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